なぜか行動できない。頑張ろうと気合を入れても頑張れない。前に進むのを何かに邪魔されている感がある。病気や不調が改善しない。そんな方に読んでいただきたい記事です。
小学生の頃、友達とお化けの話で盛り上がり楽しんでいました。それとは違い、この記事で語るお化けは、恐怖心から生み出されるお化けのこと。
人が言い訳のために利用する便利なお化けのお話です。
お化けは見える?見えない?
3歳の姪っ子2号が「おばけ恐いよぉ」と言ったとき、中2になった甥っ子1号が、兄貴っぽく3歳の妹にこんな事を語っていました。
👦「オバケはね、“見たい人” が見るもんなんだよ」「だからね、“見たくない人” は見ないもんなんだ」
叔母は感激して、心の中でガッツポーズしましたよ。
昔、甥っ子1号に伝えた事がしっかり自分のものとなり、妹に伝授された瞬間でした。
彼がまだ小学生だった頃の話しです。
一緒に鎌倉を散策していた時にたまたま腹切り櫓(侍が切腹するための穴)の前を通りかかりました。
そこには「ふざけて入るべからず」みたいなメッセージが、木の立て看板に筆書きで書かれていました。切腹した侍を弔う気持がある人だけが入れと。
「オレ、一度でいいからオバケ見てみたいんだよね〜」甥っ子1号は腹切り櫓の中まで入ってみたいと言い出しました。
私は「そんなに見たいの?それじゃ、オバケを一生懸命に感じる訓練をして、オバケに同調すれば見れるんじゃない?」と言いました。
そのあと、ハイキングしながら2人で色々ディスカッション。
「オバケに同調して得することってなんかあるかな?」「オバケ見たってけっきょく意味なくね?」「好きなサッカー選手とか、カッコいいお兄さんとか、そういう人達に同調した方がよっぽどいい事ありそ!」 という結論に、彼はたどり着きました。
これ、ただの子供と大人の日常の会話のように聞こえますが、実は、今後の人生を左右するような大切な真理。
このことが見えてる人と、見えていない人では、人生に大きな大きな違いが現れてしまうからです。
お化けを物事がうまくいかない時の言い訳に使う
「何かの病気や症状が治らない人」
「なぜか想い通りの人生を形づくるのが遅い人」
「心が辛くて生きにくい人」
このような状況下にある人々は、往々にして「おばけ」に注力を注いで生きている傾向にあります。
だから、想い通りの状態を作りにくくなっています。
“現実”を作るより、“空想の世界”のお化けの事を考える方に、より注力がそそがれてるからです。
ここでいうお化けとは、例を挙げるとこんな感じ。
・まだ来ぬ大地震
・まだ来ぬ大恐慌
・まだなってない病気災難
・体験もしたことない破産
・富士山大爆発
・◯◯したらどうしよう物語
・昔の怖かった父親の声
・会った事もない神様からの罰
・巨大隕石の落下
・太陽が無くなる日
・まだされてない夫の不倫
・地獄に落ちる日
あげていったらきりがないくらい、いっぱいあります。
あなたにとっての「お化け」は、何ですか!?
*抽象度の高い視点を得るには⇨
頑張りたくない行動したくないは爬虫類脳の指令
人はみな、自分は理性で生きていると思っています。でも、実際は古い脳である爬虫類脳にも支配されて動いています。
爬虫類脳が生命が絶たれないように、安全に生き延びられるようにと基本的な指令を出してくる。
爬虫類脳がなければ死の危機にさらされますので、なくてはならないものだから、しかたがないですね。
でも、社会に関わっていく大人として生活するなら、その事を知った上で、理性(人間脳)をいっしょうけんめいに働かせる努力が不可欠です。
もし、思いどおりの状況へと変化していきたければ、もろもろの知識を学ぶだけでなく、応用して行動していく。
爬虫類脳をしっかりモニタリングしていなければならないのです。
爬虫類脳が生み出す感情は:
🦎がんばりたくない。
🦎失敗したくない。
🦎行動したくない。
頑張ってもダメだったら... 失敗して嫌われたら... という「恐怖」が元になっていて、動けなくなる。
そう、空想の世界のお化け(=古い脳が生み出すただのイメージや捏造された記憶)が怖くて、動けなる。
「基本的に恐怖はすべて空想物語」 だから、甥っ子1号が妹に教えてあげたように、「見たいヒトが見るもの」なんですよね。お化けって。
あなたはどうですか? お化け好きですか?必要ですか? それとも!?
*無力感をおぼえた時の対処法について⇨
お化けのせいにして生きやすくする
お化けがいてくれると、何でもかんでもお化けのせいにできるから便利なんですよね。
🗣自分が行動できない理由も、何か(お化け)のせい。
🗣人生がうまくいかないのは、誰か(お化け)のせい。
お化けがいてくれたら頑張らなくっていいんです。全てお化けが悪いのですから。
私も、勝手にお化けを創っていることあります。
爬虫類脳に支配されてる自分に「ハッ」と気づくことがあったら、自分を第三者的な目でみつめてみます。
すると、自分が何かを回避するために創りあげたお化け空想物語を発見し、笑ってしまいます。
それで、 「ダサイじゃん!ジブン!」 と、人間脳で言ってあげることにしています。
ちなみに、爬虫類脳が悪いわけではありません。
もちろん爬虫類脳は必要だから存在しています。爬虫類のうがあるからこそ子孫繁栄する。爬虫類脳がなければ、生命力が貧弱になってしまうし、経済も発展しない。
爬虫類脳が最優先にならないようにする、ということです。
何かに極端に偏りすぎることなく、“お化け”ではなく、“現実”をつくることにフォーカスしていく。
この努力をひたすらしていくのみ。
これがお化けにとらわれない自分らしく生きる方法ではないでしょうか。 👻
恐怖心とお化けの人間史
私たちは、自分の脳が生み出したお化けという名の「記憶の捏造」に脅かされ恐怖に苛まれることがあります。
実はこのお化けに対する恐怖心は、人間らしい脳を持ったネアンデルタール人の頃から持ち始めた特徴なのだそうです。
約35万年前に出現し、2万数千年前に絶滅した「ネアンデルタール人」。
旧石器時代の石器の作製技術を持っており、火を使用していました。
ここの頃から「人間らしい心」を持ちはじめるようになり、亡くなった人を弔うなどの宗教的な儀式をとり行っていたとされています。
人間らしい脳(心)へと進化したことによって、頭の中にはさまざまな”イメージ”が浮かんでくるようになりました。
その結果、ネアンデルタール人は、闇の中に現実には存在しない怪物や化け物まで認めるようになってしまったのです(NHK special)。
ネアンデルタール人が脳の中で見た化け物のイメージは、私たち現代人の心の奥にも生き延びているのです。
【まとめ】お化け総論
私は4歳くらいから1人で自室を使っていて、八畳ほどの部屋を真っ暗にして1人で寝ていました。
「あいうえおブック」という絵本が毎月送られてきていたのですが、その中にお化けのことが書いてありました。
その本を読んでいるうちに、幼稚園児だった私は「お化けがもし来たとしても、肉体がある私に危害を加えることは不可能なんじゃないか?」という理解に至りました。
だから、真っ暗な部屋で1人で安心して眠ることができていたのです。
知識と認知がすべてを決めると言っても過言ではありません。できると思い込めばできる。お化けがいると思い込めばお化けはいる。
💡人間脳を使って、何を見たいか?を決めましょう。
💡何を見ないか?も、人間脳を使って決めましょう。
恐怖心が悪なのではなく、人間脳をうまく使えてないことで、思った通りの行動ができなくなるだけなのです。
思った通りの行動ができる自分でいたいですね!
*人を励ましたい時に気をつけたいこと⇨